暦本 純一 氏 | 東京大学大学院情報学環教授
松永 エリック・匡史 氏 | 青山学院大学 地球社会共生学部 学部長 教授 / 音楽家
石橋 憲人 | アマゾンジャパン合同会社 Amazonビジネス事業本部 事業本部長
金谷 亜美 氏 | (モデレーター)NewsPicks Studiosエディター
近い将来多くの仕事がAIに取って代わられるのではないかという議論を経て、今後は人間とAIのハイブリッドが当たり前になると考えられ始めています。そのような中、企業はどう対応すべきかの議論が交わされました。
まず、AIをビジネスでどう使っているのかを各登壇者に尋ねました。暦本氏は大学では文章を書いたり、論文の査読などにAIを使っていると紹介。今後はAIが個人教師になっていく可能性について、「昔、貴族や日本のいいところの子どもが個人教師につきっきりで教えてもらっていました。AIが来ると誰でもそんな教育が受けられるようになる。学校の形というのはいろいろ変わるでしょう」と言います。続いてエリック氏は「昨今、コンサルタントも生成系AIを使いまくる時代になっています。今までのインターネットと違うのは発想を発散できること」と話し、「今までは自分で調べて分析していたのが、1つのテーマを与えると勝手にブワっと分析してくれます。イキのいい若者が2、3人ぐらいいる感じ。すごく助かります」とイメージを述べました。
アマゾン石橋は「自分なりに生成AIを勉強して使った感想として、どんな質問をするかというセンスが大事なのでは」という考えに続けて、自身が福井を旅行したとき、プランを生成AIに聞いてみても穴場が出て来なかったと振り返りました。そして、「生成AIの回答を導くディレクションをどうするか、その回答に対しての評価をどうするかが鍵なのかなと思ったのですが、どうですか?」と、エリック氏と暦本氏に問いました。
それに対して、エリック氏は答えます。「皆さんにとって、ちゃんとしたディレクションをしない上司って仕事がやりにくくないですか。生成AIはとても人間的に見えるところがある。もちろん適格なプロンプトがより良い回答を引き出すために必要だが、何が楽しいかっていうと、こうやればこう返って来るというインタラクティブなものだから、いろんなことを試してしまう。不完全なものが楽しい」(エリック氏)
一方、暦本氏はAIとの対話について、“拡張されるひとり言”と表現し、「AIに『AIが発展したら人類の目的に反するようになりますか?』って聞いたら、『それに答えるためには人類の目的をはっきりさせる必要があります』と返ってきて、『おお』と(笑)。ときどきドキッとする良いことを言ったりしますね」と話しました。
石橋は、ChatGPTを始め生成AIへのインプットとなる情報の「言語の問題」を提示しました。世界中の情報のかなりの部分が英語であり、「日本語の情報はすごく少ない。そのため日本語でディレクションしたときに、返ってくるものの薄っぺらさが出てくるのでは?」と提起します。
エリック氏はそれに対して、「テクノロジーで一番解決すべきなのは、言語のバリアをなくすことだと思う」と答え、現在オンライン会議などでも自動翻訳の端末などが使われ出しており、それがもっと普及することが望まれると述べました。「アカデミアでも、いろいろな言語を学んでいる学生がいる。生で議論できるようになることが必要で、理想的な地球って言語のバリアを超えたものだ」と続けました。さらに、現在英語を学習しなければならないことは非英語圏の人たちにとってハンデになっていると指摘し、テクノロジーがそこを解決すると「世界は一気に変わる。トランスフォーメーションする」と語りました。
暦本氏もテクノロジーによる言語のバリア解決は「非英語圏の我々にとってチャンス」と続けます。機械翻訳によって何語で話しても大丈夫になると話します。学会の論文も今は英語が主流だが、「それぞれが好きな言語で書いて好きな言語で読むという時代が目の前に来ている」と述べ、言語のバリアや差別が消えることはアジア圏にとってはとても大きな事と語りました。
話がAmazonビジネスのサービス領域である「バックオフィス、購買・調達部門と生成AIのこれから」に及ぶと、暦本氏は「自動化できるところがわかってくると、仕事の価値観が変わります。全部仕事が奪われるというのではなくて、人間のハイブリッド。つまり人間と協調した方が良い部分とロボット掃除機みたいに人間が介入せずに完全自動化した方が良い部分。その切り分けがうまく考えられるとビジネスは面白い」と答えました。
石橋は「アマゾンはBtoC、BtoB両方やっている会社」と話し、BtoCの楽しい購買にAIが果たす役割はイメージしやすいとしながら、「ビジネスでの購買というのは仕事なので“短時間で早く必要なものを入手したい”というニーズなんです」と説明。そこをどのようにAIが支援できそうかを専門家の二人に尋ねると、エリック氏が答えます。「生成AIが購買プロセスをコントロールするようになると、購買の考え方が違ってくるかもしれない。ビジネスプロセスは革命的に変わると思います。生成AIの前にRPAで効率化を進めた経験もあるけれど、生成AIは全く視点が違う。レコメンデーションを超えたもの」(エリック氏)
エリック氏はレコメンデーション機能について、「レコメンデーションって“今のニーズ”じゃないですか」と述べ、「おそらく生成AIが入ってくると、先を読むようになると思います」と続けました。「Amazonビジネスを使っていると未来が分かるみたいな」とイメージを話し、「これって先を見越してビジネスを行うわけだから、購買から新しい技術を考えて作り出す会社ができるかもしれない」(エリック氏)
暦本氏は「本を買うとき、レコメンデーションではなくて“あの人が面白いと言うから買ってみた”ということがあるでしょう」と例え、より親身なAIがさらに深いレコメンデーションをしてくる可能性を述べました。「完ぺきなレコメンデーションというものは本人のパーソナルな購買行動と一致するかもしれない」と話しました。石橋はこういった話を受けて、「今日は暑いですが暑いと水が売れるんです。そういうことをAIが察知して、もう水を注文しておきましたといったことが、どんどん起きていくのかな」と感想を述べました。
「AIは仕事を奪うものではなく、AIは使いこなすもの」という議論のテーマの起点に戻り、石橋は「Amazonビジネスは、AIのあるなしに関係なく、“仕事をより効率化しませんか”と提案してまいりました。それは仕事を奪うわけではなく、皆さんの時間の付加価値を高めましょうという考え方なのでそこは合致していると思います」と結びました。
その後も、「人間とAIが共存していくようになった社会の在り方」についての議論では、「産業革命でいうところの蒸気機関車はまだ生まれていない」「音楽や絵画を生成AIで誰もが無数に生み出すようになった後、本物の音楽や美術の価値がさらに高まる。ビジネスの世界でも同じことが起こる」といった興味深い議論が続きました。議論の全容は動画で見ることができます。
最後のテーマは、「企業に求められるDX」。ここでエリック氏は、「DXって何かと言ったらトランスフォーメーション・ウイズ・デジタルなのです。デジタルよりもトランスフォーメーションがキーワードで、変革しなければダメなんです」と話しました。エリック氏は例として、一昔前、本は書店で買うものだったが今はAmazonで買うのがスタンダードであり、これはまさにトランスフォーメーションと説明しました。「こういうトランスフォーメーションをどう起こすか企業は考えなくてはなりません」(エリック氏)。さらに、「では次のステップは何かと言うと、天才がアート思考を行うのではなく、一人ひとりがアート思考をやること」と述べ、「社員一人ひとりがアート思考を行い、そこから新しいサービスが出てくる。こういう場面で生成AIが活躍するのではないでしょうか」とエリック氏は予想しました。そして「すごく複雑な時代になりますね。組織もティール組織みたいになっていくし。事業部とかそういうのもなくなっていくと思う」と続けました。
では、今日からひとり一人は何をしていけばよいのか。エリック氏は、大事なのは “共感”だと言います。「皆さん、部下の話をちゃんと聞いてますか?」と会場に呼びかけ、「否定するのはやめましょう」と続けました。「なるほどね」と、意見を否定しないところから始める、これが今日からできることだとエリック氏は示しました。「その上で、オレはこう思うけど君はどう?」と新しいアイデアで埋め尽くしていって、それをまとめていくやり方。これは今すぐできることですとエリック氏は語りました。
石橋は「DXはトランスフォーメーションが目的」という考えに共感を示しながら、「購買の皆様には、様々な課題があるはずです。購買は今までそれほど陽が当たる部署じゃなかったかもしれません。今、それが会社から大きな期待を寄せられています。課題がたくさん見えてきたから期待を掛けられているのだと思います。コストの削減、統制を取ること、コンプライアンス、さらに一歩進んで社会的責任をもった購買。こういった課題を解決するためにトランスフォーメーションがあって、そこにデジタルや生成AIが使えないかという発想になるべき」と感想を述べました。エリック氏は「調達が変わり、昔の調達は『何それ?』と言われる時代が来るし、それをやらなきゃいけない。そういうトランスフォーメーションを我々は考えなくてはいけない」と語りました。
暦本氏はトランスフォーメーションについて、「徐々に変わるイメージがあるのですけど、ある瞬間、非連続的に変わります」と言い、銀行を訪れたときの経験を語りました。「先日銀行に行ったとき、印影を読み取る謎のデジタルハイブリッドな仕組みに驚きました。DXとはそんなことではないですよね。徐々に進めるとそんなことになってしまうので、どこかジャンプするときがある」(暦本氏)
会場は終始熱気に包まれたまま、AIやデジタルの専門家二人と石橋とのセッションは続きました。レポートに書ききれなかった議論の全編を、動画で見ることができます。
会全体を通じて、「まずはやってみて合わなければ変える、一歩踏み出すことの重要さ」を参加者の多くが感じた一日だったようです。イベント終了後、参加客が交流できる場として、カクテルパーティーを開催しました。言わば社外の同志となりうる他の参加者とのネットワーキングを楽しむ方々の中からうかがった、イベントの感想を一部紹介します。
「意識を変えなければならない本質が聞けて、とても参考になりました。いろいろな人と会って様々な見方を知った上で、“我々がやりたいのはここだ”というのを企業として見つめ直す時期に来ていると感じました」
「私も使っていますので、生成AIの話は興味深かったです。たくさんの人が参加していて楽しかった。次回も参加したいです」
「Amazonビジネスで帳票を自動的処理してくれる話がとても興味深かったです」
「新規ビジネスで達成したいことがあり、そのヒントになるものがないかと思って参加しました。最後の生成AIのセッションがとても良かったです」
「基調講演からすべて聴講しました。盛りだくさんでした。実際に取り組んでいる他社の事例を知ることができたので、Amazonビジネスの導入プロセスにおいてやるべきことを把握できました」
いかがでしたでしょうか。来年はお客様からどんな話が聞けるのか、今から楽しみです。